「人間-機械システムの最適設計」を通じて,知的で人に優しいシステムを研究開発しています.

 救急車による搬送では,慣性力や振動といった外力が傷病者の体全体にかかり,この影響で容体が悪化する危険性があります.また,外力の大きさは小さくても,長時間さらされると,動揺病を招くこともあります.安全安心な搬送を実現するためには,これらの外力の影響を軽減することが重要です.慣性力は,運転手のアクセル・ブレーキ・ハンドル操作の結果として生じるので,救急車をゆっくり丁寧に運転すれば,抑えることができます.しかし,病院への到着時間が遅れ,逆効果になりかねません(迅速性と安全性のトレードオフ問題). このような背景から,迅速性を失うことなく,慣性力や振動の悪影響を小さく抑える方法について,様々な視点から研究開発しています. 以下に,取組み事例を紹介します.
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アクティブ制御ベッド
 救急車が加速したり減速したりすると,傷病者の血圧が変動します.また,カーブを走行すると,横揺れによって,体がストレッチャーに押しつけられます.これらは,慣性力で生じる現象ですが,安全な搬送を阻害するため,これらを軽減するベッドを開発しています.加速度センサで車両の加速度を測定し,その大きさに応じてベッドを傾斜または体軸周りに回転させることで,血圧変動や身体圧迫を抑えます.実際に乗るとわかるのですが,抜群の効果があります.
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アクティブ防振架台
 路面から伝わる振動は,患部からの出血や脳動脈瘤破裂を引き起こす危険性があるため,振動への対応は重要です.現在は,床とストレッチャーの間に防振架台を挟むことで,振動を吸収していますが,完全ではありません.基本的に,振動発生後の対応では遅いため,振動が起きる前に適切に対応することがポイントです.GPSを使って車両の位置を把握し,事前に登録された路面の損傷箇所に近づいたら,そこを通過する前に,アクティブダンパで振動吸収率を自動調節する予測型アクティブ防振架台を開発しています.
救急車ナビゲーション
 傷病者の病態や緊急性に応じて,許容される到着時間や血圧変動,揺れによる圧迫度が異なります.例えば,心肺停止のように一刻も早く病院に搬送しなければならない場合には,最短時間のルートが好ましく,一方で,生死に関わらない骨折のような場合には,到着時間が多少延びても,横揺れや振動の少ないルートが望ましいかもしれません.コンピュータ上で血圧変動や身体圧迫を再現しながら,最適な搬送経路を割り出しています.将来的に救急車ナビゲーションシステムとしての実現を目指しています.
運転訓練支援システム
 慣性力の影響で起こる脳圧変動や横揺れ,それらの副次的な結果として生じる不快感は,運転手のアクセル・ブレーキ・ハンドル操作を改善することで小さく抑えることができます.搬送時間を延ばすことなく,これらを小さく抑える運転技術の習得を支援するスマホアプリを開発しています.数理モデルと加速度から,血圧変動と身体圧迫をリアルタイムで推定し,それらが閾値を超えると電子音で運転手に報知します.救急隊員以外に,福祉車の運転手に対しても適用可能です.
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生体モデリング
 救急車による搬送中,加速度を受けることで起こる血流や血圧の変動,またはストレッチャーへの身体圧迫や不快感をコンピュータで再現するための数理モデルを構築しています.例えば,血圧変動を再現するモデルは,右の写真のような傾斜ベッドを使って,救急車の加速減速状況を擬似的に再現しながら血圧データを取得し,そのデータから作成しています.福祉車を使って,路上で測定することもあります.このような数理モデルを使って,救急搬送に潜在化している迅速性と安全性のトレードオフ問題の解決に取り組んでいます.
サイレン音制御
 救急車のヒヤリハット事例の多くが,交差点内で起きています.交通事故に至らなくても,急ブレーキを掛けることがあるので,傷病者に影響を与えます.そこで,周辺自動車に救急車の接近をより早く知らせて,ヒヤリハットを減らす取組みとして,サイレンの音量と吹鳴方向の制御に取り組んでいます.サイレンの音圧レベルをコンピュータシミュレーションで確認しながら,スピーカーの取付け位置や設置方向なども最適化しています.企業との共同研究として実施しています.
赤信号検知
 救急車が赤信号交差点を安全かつスムーズに通過できるように,カメラ画像から赤信号を検知するシステムを作成しています.検知結果は,運転手への報知やサイレンの自動音量アップなどで活用します.iPhoneに検知機能を組み込んで,CPU使用率や消費エネルギーなどを見ながら動作確認をしています.本格的な支援システム開発というよりは,学生への画像認識に関わる演習のような位置付けです.

モニタリング
 救急車の振動の多くは,路面の凹凸に起因しています.路面の段差,穴ぼこ,窪みなど過大な振動の発生源となる場所を,救急車の走行データから検出する方法,さらに修繕する場合の優先順位の決定法に取り組んでいます.検出結果は,消防署内で情報共有して安全安心な搬送に活かす,あるいは道路管理者に路面の修繕を要請する際の根拠資料として活用します.徳島県では,実際に道路の修繕で活用されました.救急車だけでなく,路線バスのデータを使った検出も行っています.
救急車の走行解析
 救急車による搬送状況を把握するために,車内に計測装置を取り付けて,走行データ(位置,速度,加速度)を取得しています.データを解析すると,搬送経路はもちろんのこと,運転の仕方,振動の大きさ,過大な振動の発生場所がわかります.この他に,ストレッチャーを支える防振架台の振動吸収特性も調べています.データは,主に測定専用の自作アプリを組み込んだiPhoneを車内に設置して,長期的に収集しています.解析結果は,測定に協力いただいた消防署にフィードバックしています.

 物理現象,社会現象,生体反応などのモデリング(数式化)は,そのメカニズムの解明や実態予測,将来的な動向を予測する上で役立ちます.外部からの入力に対して動的に反応するシステムを中心に,実験またはフィールド調査で得たデータに基づき,最適化手法を用いてモデルを構築しています.以下に,これまでのモデリング事例を紹介します.
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救急搬送患者の循環動態のモデリング
 救急車による搬送中,傷病者は様々な方向から慣性力を受けます.この結果,血流が乱れ,血圧が変動します.血圧が変動すると,これを抑える生理機能(圧受容器反射など)が働き,心拍数も変動します.これらの一連の循環動態をモデリングすることで,その動特性の解明,コンピュータシミュレーションによる実態予測,搬送支援システムのモデルベース開発などに役立てています.

救急搬送患者の背面圧迫のモデリング
 救急車が,交差点を右左折したりカーブを通過したりすると,遠心力の影響で,傷病者の体がストレッチャーのサイドバーやマットに押しつけられます.外傷や骨折・脱臼の場合,これが激痛の要因になります.路上実験で得たデータから,ストレッチャーマットへの圧迫を模擬するモデルを構築し,身体圧迫の実態予測や運転訓練支援システムでの背面圧迫の推定器として役立てています.

仰臥位搬送時の乗り心地のモデリング
 救急車や寝台付福祉車のように,ストレッチャーに仰向けに寝た状態で移動する場合,慣性力で起きる血圧変動と横揺れの影響で不快感を抱きます(不快と感じない人もいます).この不快感を車両の加速度から再現するモデルを構築し,前後と左右のどちらの方向の慣性力をより強く不快と感じるか人間の基本特性を解析したり,運転訓練支援システムに組み込んで,運転技能の向上に役立てたりしています.

救急車・路線バスの振動乗り心地のモデリング
 道路修繕は,国際ラフネス指標IRIなどの路面の状態を表す数値指標に基づいて計画が立てられます.このIRIなどの従来指標以外に,救急搬送患者やバス利用者の視点も加えて,より多角的かつ合理的に計画を立案するために,測定済みIRIと走行速度から救急車とバスの振動乗り心地(ISO2631-1で規定されている周波数補正加速度実効値)を推定するモデルを作成しました

救急車の走行モデリング
 救急車の搬送経路の探索では,病院への早期到着のみならず,加速度による悪影響も考慮する必要があります.そこで,救急搬送中に取得した実際の走行データを使い,到着時間,血圧変動,背面圧迫を模擬する走行モデルを速度プロファイルという形で構築し,経路探索で活用しています.血圧変動と背面圧迫は,上記で得た数理モデルを活用して,車両の加速度から推定しています.

機械システムのモデリング
 アクティブ制御ベッドなどの機械システムの制御系設計では,システムの数理モデルを用いてコンピュータ上でコントローラを構築します.開発過程の一部として機械システムのモデリングも行っています.

スマートフォンを活用した遠隔制御・モニタリングシステム
 スマホは小型ながらも,優れた計算能力,多様なセンサ,通信機能,ストレージ機能,ユーザインタフェースを備えています.それに加えて,アプリの統合開発環境も充実しています.このような多機能性とアプリ開発の容易さに着目し,スマホを活用した遠隔制御・モニタリングシステムを製作しました.低予算でちょっとしたデータ収集や遠隔制御を試したい場合を想定したシステムです.スマホ単体でのデータ測定も可能で,運転訓練支援システムは,この一例です.
眼球および頭部の運動によるデバイス操作のためのインタフェース開発
 スマホやタブレットのアプリを,目や頭を動かして操作するための非接触インタフェースを開発しています.例えば,電子書籍のページをめくるのに,目や頭を回転させることで実現する機能です.既に,このような機能は考案されていますが,ここでの目標は,少ない計算量でかつ精度良く実行できるインタフェースを作ることです.端末内蔵のRGBカメラでユーザの顔を撮影し,画像処理を行って虹彩の中心点を求め,その動きからパターン認識技術を活用して,ユーザの意図する操作を読み取ります.現在は,iOS用の電子書籍のページめくりソフトとして製作しています.